歌手である母と俳優である父。そんな両親の間に産まれた私にとって、音楽はす
ごく身近な存在でした。
家ではバラエティー番組ではなくいつも音楽番組が流れているような家庭。カ
ラオケに行くのは日常茶飯事。中でも母の影響で大好きになったマイケルジャ
クソンとマドンナ。家で流れているコンサートDVD を見ていつも真似している
ような子供でした。
それから小学校に上がってすぐ、芸能事務所に入って活動を開始した私でした
が肝心の歌に携わる仕事は1つもなく、興味は別のことに変わっていきました。
そんな時、小学6 年生の夏にavex のライブオーディションを受ける機会を与え
られました。沢山の実力者がいる中で私は、自分の力のなさを思い知りました。
音程も取れず周りとの差は歴然。それでもどうにかこのチャンスをと、がむしゃ
らになって練習をしました。挫折しそうになった時、そんなときでさえ私を支え
てくれたのは「音楽」でした。
その結果。ライブオーディションに出場出来ることになりました。その後もひた
すら練習を続けて本番当日。沢山のお客さんと審査員の方々。人前で歌う機会が
あったとはいえ、今まで目にしたことのない数の人たちが自分の歌を聞く。そう
思ったら緊張で震えが止まりませんでした。
それでも袖では、今まで一緒に練習を共にしてきたバックダンサーの皆。出来な
くても諦めず何時間も怒ってくれた先生。陰で支えてくれたスタッフさん達。
決して自分1人じゃないと安心してステージに立ちました。歌った数分間の記
憶はありませんが、鮮明に覚えてるのはスポットライトやお客さんの目。
そして今までに感じたことのない幸福感でした。
それから私は本気で歌手を目指し始めました。下手くそな歌も自己流で勉強し、
ひたすら歌い続けました。しかしその後も、なかなか歌の仕事が巡ってくること
はありませんでした。
高校を卒業後、私は事故により半身不随になり、芸能界を引退しました。それか
ら回復を遂げ、日常生活は出来るようになりましたがまた芸能界に戻りたいと
いう気持ちはなくなっていました。
頑張れば百パーセント結果に繋がる職業ではない。そんなことは両親を見てい
て分かっていたはずなのに、いつからか私は夢を見ることすら諦めていました。
それから何年か色んな仕事をしてみても、楽しさは何もなく、人生がとてもつま
らないものに感じていました。
楽しいと思える瞬間はやはり歌ってる時だけ。
そんな時。母が病気になり、もう助からないかもしれないという報らせを受けま
した。女手一つで私と姉を育ててきてくれた母。誰よりも強かった母が弱ってい
く姿を見た私は、自分の人生よりも母をどうにか助けるために何かしなきゃと
思っていました。
そんなある日、いつも通り入院している母の元へ行くと、母はそんな私の気持ち
を悟っていたかのようにこう話し掛けてきたのです。「百合香。あんたは本当に
ママそっくりだね。でも百合香の人生までママみたいにならないで。ママは結婚
して歌を諦めたけど、諦めたことは後悔してるの。だからあんたは歌い続けてね。
歌ってる百合香が好きだよ。ママの叶えられなかった夢も叶えてね。」と。
私はその瞬間涙を流しながら自分自身に約束しました。
見えない結果に恐れて後悔するより、やり続けた結果を受けとめようと。もう一
度。もう一度だけ自分を信じてやってみようと。
幸いその後、母は回復しました。生きてる間に母の夢でもある日本武道館に絶対
立ちたい。それが今の私の夢です。
そして、巡り巡ってたどり着いたavex のオーディション。私が歌手を本気で夢
見た場所でもう一度。全てを賭けてチャレンジしたいと思ったので、今回このオ
ーディションを受けました。
12 歳の時の私と24 歳の今の私。色んなことが変わっていったけど、変わらな
いのは音楽を愛する心。
辛い時、楽しい時、悔しい時、寂しい時、失恋した時、恋が叶った時、家族への
気持ちを素直に伝えられない時。
私はいつも音楽に助けられてきました。
だから今度は私が、誰かの人生の手助けになるような歌をうたいたいと思いま
す。
百合香